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東日本大震災から10年~応援職員派遣先・宮城県南三陸町の今~

ページID:0098035 更新日:2021年2月24日更新 印刷ページ表示

東日本大震災の発生から今年の3月11日で丸10年の節目を迎えます。  

新座市では、平成23年度から令和元年度までの9年間にわたって応援職員を被災地に派遣しました。
この度、派遣先である宮城県南三陸町の佐藤町長からメッセージを頂きました。
応援職員の体験談・メッセージも併せて掲載します。

この節目に、身の回りの防災などについて改めて考えてみませんか。

宮城県南三陸町・佐藤町長からのメッセージ  
 南三陸町の今~震災から10年を迎えるに当たって~

南三陸町佐藤町長震災復興祈念公園 中橋

   【佐藤仁(じん)町長】      【震災復興祈念公園】        【中橋】

宮城県南三陸町長の佐藤仁です。
新座市の皆様におかれましては、東日本大震災で被災した当町に対し、心温まるご支援を賜り、この場をお借りして心より厚く御礼を申し上げます。
さて、東日本大震災から間もなく10年が経過しようとしております。被災直後は、まさに茫然自失といった状況でしたが、壊滅した町がここまで復興することができたのは、新座市の皆様をはじめ、世界中の皆様からのご支援の賜物であります。本当にありがとうございました。
現在南三陸町は、東日本大震災からの復興事業を完遂すべく全力で取り組んでおりますが、それと並行して、新たな町づくりにも取り組んでおります。特に令和2年度は震災復興祈念公園が開園したほか、復興のシンボルであり新たな町のランドマークでもある中橋が開通し、連日、多くの皆様にお越しいただいているところであります。
結びになりますが、今後も変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げますとともに、両市町のご縁を大切にし、末永く交流を続けていければと思っております。

応援職員の体験談・メッセージ

職員A(町民税務課勤務)
「私は2012年10月から2014年3月末の1年半、南三陸町へ派遣職員として行ってきました。動機は私の両親が宮城県出身なので、微力ながらもお役に立ちたいという気持ちで立候補しました。
町に到着して周辺を見学すると、テレビで見た以上の惨状でした。津波で三陸鉄道の線路、三陸道、建物、車、全てが流されていて、津波発生時から1年以上経過しているにもかかわらず、道路の端っこや海岸、空き地などには瓦礫の山で車がやっと通れる感じでした。
職場では町民税務課に配属され、当時、隣の席に座っている女性は父親と旦那、子ども3人が流されてしまい、携帯電話で子どもの写真をとても悲しそうに眺めていました。その時私はとても切なくて家で泣いてしまい、本当に私が来てもよかったのかと思いました。しかし、数か月後、その女性職員に「本当に来てくれてありがとう、仕事が順調に回りだしました。」と言っていただき、とても嬉しくて本当に来てよかったと思ったことを今でもはっきりと覚えています。
私が、皆様に言いたいことは、津波に流された方は、死にたくて死んだ人はいないと思います。
だから、『生きてください』」

職員B(環境対策課勤務)
「私が南三陸町から新座市に戻ってきて4月で丸4年になります。その間南三陸町へ戻ったことはなく、現在の町の状況は時折テレビなどで状況を知ることはありましたが、私が南三陸町に在籍していた時はまだ仮設庁舎で、新座市に戻るとほぼ同時に新庁舎に移転作業があり、新庁舎はまだ見ることができていません。
今年は東日本大震災から10年。10年一区切りと言われることもあります。
同時期に派遣で出会った仲間とともに、変わったこと変わらないことを探しながら南三陸町をまわってみたいです。」

職員C(町民税務課勤務)
「震災から早10年が経とうとしています。
派遣中もっとできることがあったのではないかと未だに悔やむ気持ちも多々ありますが、あの時見た風景、感じた思いを忘れず、私なりの交流をこれからも続けていこうと思います。
派遣中は南三陸のみなさんにたくさんお世話になりました。改めて心より感謝申し上げます。」

職員D(町民税務課勤務)
「犠牲になられた方々に哀悼の意を表するとともに、御遺族の皆様にお悔やみを申し上げます。
『たった一度の人生。生かされた自分に何ができるだろうか』
他自治体での税務経験や環境省本省での除染支援等の実務経験を踏まえ、南三陸町では、固定資産税の減免や課税等を支援させていただきました。
『どんなに尽力しても、かけがえのないものは戻ってこない。それでもなお…』
道路や橋等のインフラ整備が進み、ハマーレ歌津等の店舗や住宅の高台移転等が再建されていくにつれ、実務をしながら、復興の軌跡を実感できました。
この10年を振り返りつつ、次の10年に向けて、ハード面を活用しながら、ソフト面である人と人をつなげ、Well-beingを向上できる持続可能な未来を創造していきたいです。」

職員E(総務課勤務)
「2014年10月から1年半、宮城県南三陸町に派遣職員として従事していました。
当時を振り返ると、沢山の思い出や出来事があり、何を書くか悩みましたが、書きたい事の根っこの部分は全て「感謝」に繋がっていたので、感謝を伝える事にします。
私の派遣期間が終わる日の事です。
『津波がきて、沢山の人が亡くなりました。でも、それがあったからEさんに逢えました。ありがとう。』と仰ってくださった南三陸町の住民の方の言葉に、「ご縁」の奥深さを知ることができました。また、その後の私の人生を何度も支えてくださいました。
南三陸町が私を一年半受け入れていただいたたこと、新座市が一年半送り出してくださったことに改めて感謝申し上げます。
この度の経験を活かし、双方のまちに恩返しできるよう務めてまいります。」

職員F(町民税務課勤務)
「新座市での実務経験を少しでも南三陸町で役立てることができるのであればという気持ちで応援職員として派遣させてもらいましたが、自分自身が得るものが多く、成長させていただいたように思います。
仕事中だけでなく、休日も地元の方や同じく他自治体から応援に来ている職員の方と交流し、地元とは少し違う言葉や文化に触れ、日々新しい気持ちでいました。
町の人々には温かく迎え入れてもらい、最後の日は『ありがとう、また来てね』と送り出してもらいました。
海がとてもきれいで、人も温かく、食事もとてもおいしい南三陸町。また行きたい町、たくさんの人にぜひ行って感じてもらいたい町です。」

職員G(町民税務課勤務)
「私が派遣させていただきました平成29年度は、震災から6年が経過しており、大分復興が進んでおりました。三陸道の延伸や、さんさん商店街が本設されるなど、明るいニュースが多く、町も活気が出てきたと感じました。町を元気にしようと派遣に行った私が、逆に元気を頂いた程に感じます。
役場・全国自治体職員の方々や、町民の方々と様々な場面で触れ合うことができ、この繋がりは現在も続いており、この経験は、私にとってかけがえのない経験だったと思います。
南三陸町は私の第二の故郷です。今年で震災から10年、大きな節目となり、新たなスタートを迎えると思いますが、より一層活気溢れる町となるよう、心より応援しております。」

南三陸町から感謝状をいただきました

11月10日(火曜日)、宮城県南三陸町の佐藤町長から「職員の皆様を派遣してくださり感謝しております。南三陸町の復興は皆様の力の積み重ねのおかげです。」とのお言葉とともに、感謝状と記念の盾をいただきました。

佐藤町長は、全国200以上の支援団体に対し、自ら感謝状をもって訪問されています。

本市では、平成24年10月から令和2年3月までの7年6か月の間、南三陸町への職員派遣を行い、計8名の職員が、それぞれ半年から1年半、南三陸町で税務・総務・環境対策・水道関連等の業務に当たりました。
また、平成23年8月から10月の間には、2名ずつ約2週間交替で計12名の職員が、南三陸町歌津総合支所にて窓口業務に当たりました。

■日時:11月10日(火曜日)午後3時30分

■場所:市役所本庁舎 4階 庁議室

感謝状授与  佐藤町長(左)から並木市長(右)へ感謝状の授与

集合写真  派遣職員と記念撮影(右から3番目が佐藤町長、右から4番目が並木市長)

感謝状  感謝状                                        

記念盾  記念盾