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新座はかせになろう!

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年5月25日更新

野火止(のびとめ)用水(ようすい)はどうやってできた?

野火止用水の写真

むかしむかし、野火止(のびとめ)用水(ようすい)には、野火止(のびとめ)台地(だいち)を生活(せいかつ)で使(つか)えるように作業(さぎょう)する人(ひと)たちが飲(の)む大切がたいせつ)な飲(の)み水(みず)が流(なが)れていたんだよ。その水(みず)は、1655年(ねん)に川越(かわごえ)の藩主(はんしゅ)(えらい人(ひと))だった松平(まつだいら)伊豆守(いずのかみ)信綱(のぶつな)が、家臣(かしん)(家来(けらい)の人(ひと))の安松(やすまつ)金右衛門(きんうえもん)に指示(しじ)をして、玉川(たまがわ)上水(じょうすい)(東京都(とうきょうと)小平市(こだいらし))の水(みず)の道(みち)を分(わ)けて野火止(のびとめ)用水(ようすい)を作(つく)ったから、流(なが)れるようになったんだ。今(いま)は、用水(ようすい)周辺(しゅうへん)には散歩(さんぽ)できる道(みち)(約(やく)24km!)ができていて、自然(しぜん)を楽(たの)しみながらリラックスできる大切(たいせつ)な道(みち)になってるよ。


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