ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

本文

海外の友好(姉妹)都市

ページID:0115642 更新日:2023年4月10日更新 印刷ページ表示

新座市では、海外の3都市と友好(姉妹)都市提携を結び、様々な交流を行っています。このページでは、海外の3都市について紹介します。

※ 国内の友好姉妹都市2都市についてはこちら

フィンランド共和国ユヴァスキュラ市

ユヴァスキュラ市の概要

フィンランドの首都ヘルシンキから北へ約270キロメートルのフィンランド中部に位置している。1837年に誕生し、2009年1月にはユヴァスキュラ地方自治区及びコルピラヒティ地区と合併し、人口13万人の主要都市となった。フィンランド北部に住む少数民族サーメ人の言葉「ユヴァ(湖)」と「キュラ(村)」がユヴァスキュラの語源で、その名のとおり面積1,171平方キロメートルのうち295平方キロメートルが湖沼。
ユヴァスキュラ市は「教育のまち」として知られるが、それは、フィンランドが1917年にロシアから独立する以前の19世紀半ばに、国内初となるフィンランド語による学校を設立し、フィンランド語による教育が盛んであったこと、現在でも市内にはユヴァスキュラ大学をはじめとした多くの教育機関があり、3人に1人は学生ということなどがその理由である。
産業では、製紙機械などを作る機械工業、製材業、製紙業が盛ん。
市内には、スキーの練習施設などのスポーツ施設が充実している。また、自動車レースWRC(世界ラリー選手権)のひとつでもあるフィンランドラリーが毎年8月に行われることでも有名であり、スキージャンプ金メダリストやWRCのチャンピオンなど多くの世界レベルの選手を輩出している。
世界的建築家アルヴァ・アアルトはユヴァスキュラの出身で、市内にはユヴァスキュラ大学をはじめとした彼の建築物が多く見られる。

ユヴァスキュラ市役所の住所

Vapaudenkatu 32 Jyvaskyla, Finland

ユヴァスキュラ市のホームページ(フィンランド語・英語・一部日本語)

ユヴァスキュラ市のホームページはこちら

交流のきっかけ

昭和61年(1986年)8月にフィンランド共和国のヘルシンキ、ポリー、トゥルク、タンペレの各都市を会場として開催された「第1回国際合唱祭(Sympaatti)」に新座少年少女合唱団が招かれ、ユヴァスキュラ市のボックス・アウレア合唱団と交流する機会を得た。
平成4年(1992年)8月、ボックス・アウレア合唱団が演奏会のため新座市を訪問。新座少年少女合唱団が、ホストとしてホームステイなどの受入れを行うとともに、歓迎レセプションを開催した。この歓迎レセプションに招待された本市の市長及び市議会議長と、ボックス・アウレア合唱団の代表との間で、「新座市民とユヴァスキュラ市民が相互の文化の理解を図り、日本国とフィンランド共和国との親善交流に役立てられたら」と話が進み、帰国後、ボックス・アウレア合唱団の代表がこの会話内容をユヴァスキュラ市長に伝えたことから、両市の交流が始まった。

※ 交流の経過について、詳しくはこちら

友好姉妹都市提携に関する協定書の内容

日本国埼玉県新座市とフィンランド共和国ユヴァスキュラ市とは、両市民の相互理解と友好親善を促進するため、ここに友好姉妹都市提携を締結する。

この協定書には、友好姉妹都市締結により、両市民の友好関係がさらに促進するという相互の願いが込められている。

両市は教育、文化、スポーツ、産業、経済、その他の交流を通じて、相互の理解と信頼を深め、両市の恒久的な友好親善関係を将来にわたって進展させるよう努力する。

1997年8月23日 フィンランド共和国 ユヴァスキュラ市

ページトップへ戻る

ドイツ連邦共和国ノイルッピン市

ノイルッピン市の概要

ノイルッピン市は、首都ベルリンから北西に約80キロメートルの所に位置し、面積303平方キロメートル、人口約3万3千人の都市。
市の中心部にはルピン湖がある。古い街並みは1787年の大火で焼失したが、その後、路地を碁盤の目に整備し、広場を配置するなど現在の街並みが形成された。
ルピン湖畔に立つクロスター教会は、美しい街並みの象徴である。この教会をはじめ、市内にある教会や公園では、年間を通してコンサートなど様々なイベントが開催される。
現在、ノイルッピン市では、美しい湖と森のある美しいまちを目標に、旧ソ連軍跡地の再開発を進めている。
また、世界的建築家シンケルや詩人であり小説家であるファンタナはノイルッピン市の出身である。

ノイルッピン市役所の住所

Karl-Liebknecht-Strasse 33/34 16816 Neuruppin

ノイルッピン市のホームページ(ドイツ語)

ノイルッピン市のホームページはこちら

交流のきっかけ

平成12年(2000年)1月にノイルッピン市長からノイルッピン市で行われる「文化の夏第10回夏季コンサート」に「新座第九」合唱団を招待する旨の親書が新座市長宛に送付される。
同年7月に「新座第九」合唱団が同コンサートに参加する。また、同時期に「新座第九」合唱団が受入れを行い、ノイルッピン市の副市長を団長としたシンケル高校合唱団が新座市を訪れ、新座市民会館において演奏会を開催。滞在中、新座市長を表敬訪問し、両市の交流について提案がなされる。

※ 交流の経過について、詳しくはこちら

友好姉妹都市提携に関する協定書の内容

日本国埼玉県新座市とドイツ連邦共和国ブランデンブルグ州ノイルッピン市は、自由と平和のもとに両市民の相互理解と友好親善を促進するため、ここに友好姉妹都市提携を締結する。

  • 両市は、青少年、文化の分野における交流事業を支援する。
  • 両市は教育、文化の分野において相互に協力し、助け合う。そのため、相互に交流し意見交換を行う。
  • 交流に関する日程は、可能な限り両市の合意により決定する。
  • 交流に関する費用は、訪問する側が負担する。
  • 本協定に定めのない事項については、両市で協議して定める。
  • 本協定書は、日本語、ドイツ語両文を対として2通作成し、双方同じ効力を有する。

以上の合意を確認するため、この協定書に署名する。

2003年11月1日 ドイツ連邦共和国 ノイルッピン市

ページトップへ戻る

中華人民共和国済源市

済源市の概要

河南省の省都鄭州市から、北西に車で約2時間の所に位置し、面積1,931平方キロメートル、人口約68万人の都市。
市街の南には黄河が流れ、東には華北平原が広がっている。北西に王屋山、北東に五竜口など景勝地が多く、観光資源に恵まれている。また、古い歴史を持つこのまちは、偉人や文人の遺跡のほか、各種伝説や神話も多く、中国文明のゆりかごとも呼ばれており、有名な唐の詩人も済源市の美しさを讃えている。現在、こうした財産を生かすため、観光事業が整備されるとともに、住みよいまちづくりが推進されている。
また、済源市に存在する40種以上の鉱物と3,000種以上の動植物などの自然資源は、観光や研究の上で非常に価値あるものとして保護されている。
主要な特産物としては、小麦、とうもろこし、果物などの農作物。また、天台硯が有名。近年では、機械工業、化学工業などの開発誘致に積極的に取り組んでおり、鉄鋼業やパルプ工業などの豊富な資源を活用するための研究にも力を入れている。

済源市役所の住所

河南省済源市宣化中街58号

済源市のホームページ(中国語)

済源市のホームページはこちら

交流のきっかけ

平成11年(1999年)9月11日、中華人民共和国河南省国際人材交流協会日本駐在員が新座市長を表敬訪問し、同省済源市と新座市の交流を希望したいとの申出を頂いた。更に翌10月には、済源市長から新座市長あてに、経済交流を図りたい旨の親書が送付された。
市として経済交流を進めることは困難であり、また、市民レベルの文化・青少年育成交流を推進するためにも、市内の新座市国際交流協会との交流を提案した。同協会からも積極的に交流を図りたいとの回答を頂き、平成12年9月には、済源市長をはじめとする、5名の市幹部が初めて新座市を訪問した。

※ 交流の経過について、詳しくはこちら

友好都市提携に関する協定書の内容

日本国埼玉県新座市と中華人民共和国河南省済源市とが日中両国友好都市提携協定書の原則に基づいて、日中両国人民の理解と友好を増進し、両市の友好協力を固め、発展させるため、両市は友好関係の確立に同意する。

  1. 両市は相互の利益の原則を基準として、経済、技術、文化、教育、観光、人材等の面で交流と協力をし、共に繁栄と発展を促進する。
  2. 両市の指導者と関係部門は不断の連絡をし、両市の交流と協力及び関心を寄せる問題について協議を行う。
  3. この協定書は2002年5月16日に済源市において調印し、発行する。
  4. この協定書は、日本語文と中国語文の両国語で一様式1部ずつ保持し、両国の文字は同等な効力を持つ。

2002年5月16日 中華人民共和国 河南省 済源市

ページトップへ戻る